ごめんねという言葉 のみ込んで
ただ君の暮らしの一コマ 思い浮かべ
何もしてあげられないこと 少しだけ恥じ
あとはもう 口もきかずに
別々の景色見ていた
さよならという言葉 つぶやいた
たとえ出会ったことが まちがいだとしても
何も感じない出会いより 意味があったと信じ
あとはもう 視線も交わさず
光年のかなたへ飛び去った
これでほんとうに さようなら
手にした石ころ 川面に投げて
きれいな気持ち 底に沈めた
岸辺に水の輪 届いても
振り返ったりは しないから
行き場のない小さな哀しみが
草むらの奥で震えている
#
by wind-walker
| 2006-02-14 23:25
| 心象風景
暗いことが悪いことだなんて誰が言ったの
友だちのいない子をいじめたのはだあれ
引きつった笑顔をつくろうともしない君
暗い瞳で虚空を見つめる君の横顔
好きというだけでなにもできない
けれども君を大切にしまおう
僕の心の枯れ井戸深くに
ある日ひたひたと遠く
水音が聞こえたら
僕は君を思うよ
君の水脈が
僕の心を
潤した
刹那
愛
#
by wind-walker
| 2006-02-10 10:01
| 心象風景
書かれるべきことが十分に書かれないと
言葉は空しくなり
書かれたことが存分に読まれないと
言葉は哀しくなり
その存在する意味を失う
そのとき言葉はただのでたらめな記号となり
でたらめな記号の配列の謎は
だれからも顧みられることなく
底なしの井戸に葬られる
これら陵辱された言葉たちのために
今宵 葬礼の花を手向けよう
#
by wind-walker
| 2006-02-07 11:19
| 風のわだち
箪笥のいない夜更けに
わたしは廃屋に棲む四つ目と会う
四つ目を思うとなんだかせつなくて
夕暮れ時からたまらない気持ちになる
廃屋が見える路地まで来たら
心臓が喉元までせり上がってきた
四つ目はむかし神様だった
節分の日に桃の木の弓で鬼を追った
四つ目はときどき
追われる鬼に噛まれた傷を
月光にさらしてヨモギで撫でた
ああ 四つ目四つ目とわたしは囁く
四つ目の頬は青白く
首筋は硬い木の肌のようだ
ポケットに忍ばせた一つの林檎を
四つ目と二人でこっそり食べた
かすかな酸味が歯茎に残る
いけない気持ちは微塵もなかった
親密でいることが心地よかった
四つ目は荒れた庭先に
林檎の芯を放り投げ
枯れ枝にかかる月にそっと手を翳した
わたしはそれから髪を解き
波の音が聞こえてくるまで
四つ目の胸に耳を当てた
「きみが人魚じゃなかったら
ぼくらはきっと普通に出会って
普通に林檎をかじってただろう」
四つ目の言葉にずきんとした
わたしが人魚じゃなかったら?
そんな仮定はあり得なかった
わたしは人魚で あなたは四つ目
この世の初めから決まっていたこと
百年前にも同じ台詞を
どこかで言われたような気がした
迷い猫が草むらの奥で
死んだ児の声そっくりに
オオアアアルと哀しげに鳴いた
#
by wind-walker
| 2006-02-03 22:29
| 心象風景
箪笥はいつも 夜更けに戻る
鼻歌まじりに 廊下を歩き
暗い風呂場で くしゃみする
畳2枚分 離した布団に
ドーンと倒れて いびきをかく
酒の臭気に 眠りの鎖が
千切れて跳んで 見えなくなった
箪笥は昔 イルカだった
イルカの箪笥は 愛嬌たっぷり
波間に顔を 覗かせて
わたしの足を 鼻で突付いた
時には背中に わたしを乗せて
遠い波間に 漂う月を
夜が明け染めるまで 追いかけた
箪笥は今は 箪笥になって
重い引き出しに まだ物を詰める
箪笥はものが 言えなくなり
言葉はすべて 擬音になった
それでも手のない 箪笥のために
時には背中を 掻いてやる
ああ 天窓に今夜も月が来て
波打つシーツは 海原に変わる
わたしは夢の中で 人魚になり
ひとり 波間の月を追いかける
#
by wind-walker
| 2006-02-02 22:40
| 心象風景