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風を忘れた君へ◆The wind blows




         世界の片隅で生まれた風は
         猫柳の枝を揺らし
         水辺に群がる蝶の触手を掠め
         乾いた轍の上を砂塵を巻き上げながら
         叫びと響きを翼にのせて
         つむじとなって舞い上がる
         鋭いまでの切っ先で遥かな高みに挑みかかり
         打ち破れうなだれた幼い風は
         地を慕うように吹き戻り、棕櫚の梢へ
         やがて閉ざされた窓へと――


         君には風が見えないか
         生まれたばかりの清新の息吹を
         その頬に感じないか
         暗い砦の奥
         明滅する記号の森をさ迷う中で
         君は忘れてしまったか
         極北の氷河の上を奔馬のように走り抜け
         冷涼の気とともに駆け下る風の力強さを
         その存在の清々しさを


         君がこの世に生まれた朝
         それは輝く羽毛で額をくすぐり
         公園の砂場で君が見上げた青空を
         行雲とともに渡っていたものだ
         またそれは
         部活帰りの君の上気した頬を
         颪となって鞭打ったもの
         あるいは夏の川べりで
         夢中になったあの娘の唇を
         君より先に奪ったかもしれぬもの
         それら優しく荒々しく軽剽なるものの感触を
         君は長いこと忘れていはしまいか


         薄闇の中に立ち上がる
         電脳の異界に閉じこもる君の
         いじらしい復讐は
         痛手の果てに行き着いた
         ささやかな抵抗であったかもしれない
         けれども、いま一度だけ
         思い起こしてはくれまいか
         君とともに生まれ、君とともに在った
         あの風の手触りを
         君が閉ざした扉の外を
         いまなお飄々と吹き渡り
         言葉なき言語で語りかけるものの呼び声を


         蠢く世界の襞々を
         くまなく撫で上げた風の触手は
         いま峡谷の岩棚の上で翼を休めている
         谷を抜けるとそこは
         光輝く海
         ゆったりと息を溜め
         いまひと度の飛翔へ向けて
         君よ
         今夜も深く眠れ
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  by wind-walker | 2006-11-05 02:02 | 心象風景

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