カテゴリ:心象風景( 30 )

 

砂景

 
  
  浅瀬に人影がうかんでいた
  ゆらゆらと動いているのは髪の毛ばかりで
  まだ生きていた父とふたり
  はるか野の際をいく船に手を振り
  斜面の草をゆらす風に
  白い花びらをちぎっては散らした
  
  別れのはじまりはこんなにも唐突で  
  わたしはふいに折り重なっていく予感に
  編みあげた冠をかぶることも忘れて
  鈍色の裂け目にのまれるように遠ざかる
  父の背中を見送った

     ***

  しうしうと
  砂の降る音がする
  垂直に交わる部屋の四隅から
  天井から 桟から 扉から
  威嚇するヘビに似た金属音を発しながら
  わたしの背後にみるみる砂山を築いていく

  気がつけばすべてが砂であった
   
  崩落の中に溶けていく万象
  徐々に霧散していく諸々のかたち
  何者かの手によって注がれる力の帯が
  徐々に虚空へと引き上げられると
  かたちは輪郭を失い 砂粒となって崩れ落ちる
  形象にすぎないわたしたちの
  日々の磨耗とその消滅

  人の目は気づかない
  きのうのあなたはもう あなたではなく
  今日のあなたも
  明日には あなたではなくなること
  
     ***

  浮かぶ人影を見た日から
  幾度目かの年の六月の真昼
  父は白くかぼそい煙となって
  大気の中を昇っていった
  火葬場には夏の気配を秘めた光がうつくしく踊り
  不思議と人の死の匂いはしなかった  
  ただ焼香する人々の喪服の裾から
  かすかにしうしうと
  砂のこぼれる音が聞こえた
  わたしの小さな
  砂の耳に
  
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  by wind-walker | 2007-06-06 15:45 | 心象風景

端末



   反転された文字列から入口を探す
   隠された仮想領域のことばを狩りに
   ほの白い闇に明滅する極小級数の記号は
   ところどころ渦を巻いてわたしを惑わせる
   黒色星雲の配置にならい なぞるカーソル
   の上に立ち現れる闇

   変換されるものと されないものの間で
   蠢いている見えざる手の記憶
   投影された形をさぐる端末の上に
   おぼろげに凝固していく死人の輪郭
   蒼白の顔面に針を突きたて
   開閉動作を不規則に繰り返しながら
   真夜中の回路をしずしずと進んでいく

   見えないことと混乱はつがいのように機能し
   憂いが空間に結ばれて
   人々の影がむなしく交差する
   異なる心と性の社交場で芽生える愛
   ときに紡がれては距離を一瞬で跨ぎ越し
   抒情はたおやかに語り継がれる

   増設された魂のメモリに
   窓の外 しめやかに雨は降り注ぎ
   深々と更けていく夜のしじまに
   端末は唸りを上げて
   幻を活写する
   
     
   
  
   
   
   
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  by wind-walker | 2007-05-23 21:22 | 心象風景

暗渠

   
    わたしたちのうつくしい夏は過ぎ去り
    ただ ぎらぎらとした陽炎ばかりが
    道すじに燃え残っているけれど
    二度とあうことのない確信は
    耳元で鳴る音叉のように
    気だるい波紋をいくえにも広げて
    記憶の皮膜を削ぎとっていく

    あの日 斜面を駆けおりた
    いとけない子どもの魂は
    わたしの心に緑の聖痕をきざみ
    高らかに響かせた喉笛で
    いのちの切っ先を天空へ向け
    飛行する鳥群れまで切り裂いたのだ

    いとしい微かなさびしささえ
    子犬のように飼いならし あなたは
    諧謔のうぶ着にくるんで薄闇に解き放った
    けれども――
    体に裂け目を持つわたしたちは
    帯電した流れ込む粒子を
    たがいに暗渠のようにのみこんで
    下方へとあふれさせただけだった

    やがて石の中で水がよどみ
    樹木の中で火が燃えだし
    わたしたちはどちらともなく目を伏せて
    つないだ手と手を離したのだった
        
    じっとりと露にぬれた草むらの奥で
    かぼそい水脈が生まれでて
    傍らの側溝へ注がれていく
    ちろちろと小さな舌でわたしを浸すと
    暗がりに嵩をたたえた地底の沼へと
    水は音もなくのまれていった


    
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  by wind-walker | 2007-05-17 17:36 | 心象風景

廃墟島へ



   翻る黒髪 目蓋打つ白き飛沫
   おののく好奇が船上を支配し
   まさに航跡に雪崩落ちようとするとき
   はるか前方
   絶えまなく湧き立つ海の回廊から
   ひとつの島影がせり上がる
   内没と狂気の閃光を孕み
   自足する世界の辺縁で
   なお朽ちながら生きている都市の
   鬱々として定まらぬ藍鉄の層(こし)
      
   ひしめく鉄骨の怜悧な骨組み
   あるいは望楼の下の石壁の肌理に
   穿たれた塩水の歳月の刻印  
   潮風の暴虐が引き裂いた
   格子窓の序列とそのリズム
   亡霊じみた曖昧さで林立する
   高層住宅の窓々から
   つぶてのように飛来する何ものかの視線
   不死者の圧倒する威厳 
      
   不在の時は醸成され
   その放逐の断層がひときわ鮮明な護岸の果てに
   おぼつかぬ足取りでたどり着くもの
   瓦礫の隘路に迷いながら
   なおも活路をもとめて虚空に風穴を開けるもの
   その顕わな意志が
   孤島の廃墟を照らすとき
   透明な冒険者はその際に下り立つ
   
      
   
   
   
   
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  by wind-walker | 2007-04-26 14:19 | 心象風景

喪花


 

         弔いの言葉が捌かれて
         彼らはそれを咀嚼する
         通約された痛みの淵に
         紫紺のループを描きながら
         桜は
         自らの闇に向かって落下する


         蒼ざめた幹の震央で
         萌えいづる芽がふるえ出し
         無限の射程の前に頽れる
         その刹那
         予兆は増幅されて
         彼らのしめやかな葬送がはじまる


         散り敷かれた花の上を
         脚の萎えた人の歩調で歩む
         この春の冷気の奥底で
         虚しい深みへと向かった
         流された血のことを想う

        (私たちはただ
         嘆くことしかできないのですか)

 
         晴れわたる空の中に
         桜色の悲哀が透けている
  
         春の溶暗



 
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  by wind-walker | 2007-04-19 22:22 | 心象風景

風を忘れた君へ◆The wind blows




         世界の片隅で生まれた風は
         猫柳の枝を揺らし
         水辺に群がる蝶の触手を掠め
         乾いた轍の上を砂塵を巻き上げながら
         叫びと響きを翼にのせて
         つむじとなって舞い上がる
         鋭いまでの切っ先で遥かな高みに挑みかかり
         打ち破れうなだれた幼い風は
         地を慕うように吹き戻り、棕櫚の梢へ
         やがて閉ざされた窓へと――


         君には風が見えないか
         生まれたばかりの清新の息吹を
         その頬に感じないか
         暗い砦の奥
         明滅する記号の森をさ迷う中で
         君は忘れてしまったか
         極北の氷河の上を奔馬のように走り抜け
         冷涼の気とともに駆け下る風の力強さを
         その存在の清々しさを


         君がこの世に生まれた朝
         それは輝く羽毛で額をくすぐり
         公園の砂場で君が見上げた青空を
         行雲とともに渡っていたものだ
         またそれは
         部活帰りの君の上気した頬を
         颪となって鞭打ったもの
         あるいは夏の川べりで
         夢中になったあの娘の唇を
         君より先に奪ったかもしれぬもの
         それら優しく荒々しく軽剽なるものの感触を
         君は長いこと忘れていはしまいか


         薄闇の中に立ち上がる
         電脳の異界に閉じこもる君の
         いじらしい復讐は
         痛手の果てに行き着いた
         ささやかな抵抗であったかもしれない
         けれども、いま一度だけ
         思い起こしてはくれまいか
         君とともに生まれ、君とともに在った
         あの風の手触りを
         君が閉ざした扉の外を
         いまなお飄々と吹き渡り
         言葉なき言語で語りかけるものの呼び声を


         蠢く世界の襞々を
         くまなく撫で上げた風の触手は
         いま峡谷の岩棚の上で翼を休めている
         谷を抜けるとそこは
         光輝く海
         ゆったりと息を溜め
         いまひと度の飛翔へ向けて
         君よ
         今夜も深く眠れ
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  by wind-walker | 2006-11-05 02:02 | 心象風景

秋空の落下◆Rushed and betrayed


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             あなたの腹黒い証明を
             鏡に映して見せてください
             切り開かれた瞳孔は
             直視するのを嫌うでしょう


                          冷たい夜の水底へ
                          螺旋を描いて降下する
                          わたしの羽音は軽やかでしょうか



             染み一つない秋空に
             体を預けて飛びました
             やさしいあなたの街角に
             見知らぬ日傘が見えたとき
             羽は動きを止めたのです

                          
                          いのちに証しが要るのなら
                          痛みの果てる淵の辺の
                          深みに落として見せましょう

            

             薄墨の空に日は落ちて       
             いるはずのない影たちが
             地底の襞から這いのぼり
             わたしの羽を貪ります
             日傘の紅が矢のように
             わたしの瞳を貫いて――

          
                           少しも惜しくはないのです
                           逃げ水のような裏切りは
                           こころを置き去りにするだけです
                             
    
             
             盲いたわたしは羽を失くし
             もはや俯瞰することはないでしょう
             あなたの瞳の中にある
             かつてはわたしの住んだ街
             見知らぬ日傘の行く街を
          
               


               
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  by wind-walker | 2006-10-13 19:18 | 心象風景

寓話◆A fable




               「それは罰でしょうか
               それともただの汚辱でしょうか」


               樹の幹につと掛けられた梯子に登ったのは
               愚かさでしょうか
               それとも下卑た好奇心でしょうか
               いえいえ
               それはほかならぬ
               あなた(でありわたし)です


               暗い森の樹々の梢に
               白く清らかな月が懸かり          
               あなたの胸をきつく締めつけた
               けれども樹々は意地悪くも
               空を覆い隠してしまったのです
               白い光が見たくてあなたは
               だから樹に登った
               それは遠い昔から遺伝子に刻まれていた
               未来への希求というものでした
               未曽有のみらい
               を掴むためにあなたは
               樹に登った


               それは進化でしたか
               それとも恐ろしい罠だったのでしょうか


               森影にはツノのある蛇が潜んでいます
               蛇は虚ろな目で空を見上げて
               先の割れた舌で空気の臭いを嗅ぎながら
               自分の尻尾を追いかけます
               どこまでも追い続けます
               永遠に
               蛇の行く先は どのみち蛇なのでした


               折りしも石化した森の上を
               夜の黒い翼が覆いはじめる
               花々は闇の中に息を潜め
               森の王の降臨を待ち続けます
               いえ
               もしかすると花々が待っているのは
               王の退位かもしれない
               暗い森の王の名は 
               忘却
               王に触れられたものは皆
               その名前さえ忘れるのです
               永遠に


               いま
               あなたの足元から梯子が外されていきます
               ああ外されたら あなたは
               樹の上で一人ぼっちです
               サルは樹に登った
               そしてあなたはヒトになったのです
               (あれはやっぱり汚辱でしょうか)


               はてさて あなたの選択した未来の図は
               暗いのでしょうか
               それとも明るいのでしょうか


               答えはここには

 
               ない
            



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  by wind-walker | 2006-09-24 14:42 | 心象風景

時をおくる◆September, 2006


          
             私の中で歌っていた
             リズムはもう死んで
             あとには振子とぜんまいが
             解体工場の鉄くず同然に
             ゆっくりと瞬目しながら
             光の中に溶け出していくのだった


             九月の
             どこか諦観した空気の襞々から
             消えゆくものたちが羽ばたいて
             最期の
             それはそれは物悲しげな叫びを
             発し続けているのだった


             調速機さながらの規則正しさで
             輪列をパルスに変えて
             虚空へ放ち続ける
             その儚い脈動に花を添えて
             私は時を葬(おく)ろう
          


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  by wind-walker | 2006-09-06 00:49 | 心象風景

残毀◆One thing with different names



          同じ一つのものを                   
          別々の名前で呼んだ咎によって           
          罪なき多くの血が贖罪の地に流され        
          同じ一つの光によって                 
          救われるべき人の命が                
          無残にも損なわれ                   
          世界はそれぞれの呼び名に拠って           
          なおも孤立している
                  

          かつてメコンを流れたものが             
          いまは火薬の臭いのする
          街の瓦礫の上に       
          あるいは下に
          折り重なり膨れ上がり
          臓物さえも晒して
          男でも女でもない
          ただの叫びの形をなして
          熱風に焼かれている


          苦痛に喘いだ命の極みは
          空しい祈りの余韻にも似て――


          鳥たちの通う空にないものが
          この地上にはあって
          獣たちの王国にあるものが
          この地上の王国には失われているのだった
          命の最も奥まった場所にしまわれた
          いたいけな蕾さえも犯し続ける
          罪とも知らず


          弔いの鐘が鳴り響く朝
          一人として贖う者なく
          ただ鉛の錘を両肩に背負い
          光の名前を唱えながら
          栄光と呼ばれる病に罹患した人群れは
          どこにも到達しえない行軍を続けるのだ
          世界が縫い閉じられる
          その日まで
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  by wind-walker | 2006-08-19 23:18 | 心象風景

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